1、発端

 2007年10月、児童書出版で定評のある理論社から、『ひとはみな、ハダカになる。』という本が出版されました。著者は、「バクシーシ山下」というアダルトビデオ(AV)監督。バクシーシ山下(以下、山下)は、「女犯(にょはん)」というタイトルの暴力AVシリーズをつくったことで名を知られた人物です。「女犯」(1~6、V&Rプランニング、1990~91年)とは、「集団強かんの実録ではないか」と市民からクレームをつけられたAVです(ちなみに、バクシーシ山下は最近になってからも新しい「女犯」シリーズを制作しています)。
 山下は、これまでもいくつかの本を出しており、山下が本を書いて出版すること自体が、ここでの問題ではありません。問題なのは、今回の本が、日本の読書家層から信頼の厚い老舗出版社から、しかも中学生以上の「ヤングアダルト」、つまり子どもを読者対象に定めた新書シリーズ(「よりみちパン!セ」)の中の1冊として出版されたことです。

2、問題点

 この新書シリーズは、本の帯に「学校でも家でも学べないリアルな知識満載!」とうたい、山下の本の帯には、「(略)ぜんぜん、興味本位で十分です。アダルトビデオ界の鬼才が伝える、世界でいちばん『ふつう』な特殊講義」と書かれています。
 同書の読者対象として設定されている中学生や高校生や小学高学年生がこの本を読み、山下の「デビュー作」として紹介されている「女犯」──徹底的な女性蔑視と女性への暴力を娯楽化した暴力AV──などを視聴したら何が起きるでしょうか。大人でさえ、「女犯」を観たら多くの場合強い衝撃と精神的苦痛、心理的外傷などを受けます。子どもの場合、取り返しのつかない心理的外傷と、それによる身体的変調をきたす可能性が大人よりも、はるかに高いといえます。
 親が子どもにDV(ドメスティック・バイオレンス)を目撃させ、心理的外傷を負わせることは児童虐待にあたるとされていますが(児童虐待防止法2条4号)、それに照らせば、たとえ映像ではあっても、激しい集団的暴行と性的虐待のシーンを予期せず子どもに視聴させることは、DVの目撃に勝るとも劣らない「虐待」被害を生じさせる行為であるといっても過言ではありません。

3、抗議運動

 そのような被害が子どもに生じることを強く危惧して、同書の「回収・絶版」を求める運動が、2008年9月から、全国婦人保護施設等連絡協議会民営施設長会を呼びかけ団体として取り組まれました。そしてわずか3ヶ月の間に、1万をこえる個人と団体から賛同の署名が集まりました(「『ひとはみな、ハダカになる。』の回収・絶版を求める要請書」)。呼びかけ団体のメンバーも、署名に応じた多くの団体や個人も、子どもや女性の性被害の実態を熟知した支援者であり、アダルトビデオなどのポルノグラフィが、いかに子どもと女性の性的人格権、性的尊厳、人としての権利と生活を破壊しているかを経験的に知っている人々でした。
 2008年12月17日、1万筆の署名を携え、要請運動の代表世話人が理論社を訪ねて、話し合いをもちました。しかし理論社は、回収・絶版の要請に対してまったく聞く耳をもたず、話し合いは平行線をたどって決裂しました。

4、「回収・絶版」要求の正当性

 今回の本の内容や出版について批判的な立場の人々の中にも、出版物の「回収・絶版」を求めるという抗議行動が適切だったかどうかを疑う声があります。しかし、今回の「回収・絶版」という抗議内容は、次の2つの理由にもとづくものであり、きわめて正当なものであったといえます。
 まず、今回の「回収・絶版」の要求は、あくまで理論社の自主的な判断としてそれを行なうよう求めるものであったことです。出版物の「回収・絶版」と聞くと、人はすぐに、名誉毀損やプライバシー侵害事件における裁判所による出版の差止めや回収命令を思い浮かべるようです。しかし今回の「回収・絶版」要求は、それとはまったく違います。なんら公権力の介入や命令を求めるものではなく、多くの賛同者を背後に、出版社との話し合いをつうじて──出版社の良心あるいは良識に訴えることによって──、当事者の判断としてそれを求めるものでした。
 第2に、今回の「回収・絶版」要求が、この本を読むことによって子どもに深刻な被害(権利侵害)が発生する現実的な危険が差し迫っており、それを防ぐには「回収・絶版」以外に方法がないものとして選択されたことです。その点において、今回の「回収・絶版」要求は、数の力にものをいわせて自分たちの気に入らない思想や表現を市場流通から排除することを求めるいわゆる「悪書追放」運動とは明確に一線を画すものでした。

5、今後の運動

 平和的かつ理性的に、言論による説得によって「回収・絶版」を求める性被害者支援のプロフェッショナルの人々に対して、理論社は「ファシスト」呼ばわりをしてその要求を一蹴しました。そのことの問題性を広く社会に訴えていきます。
 それと同時に今後は、ますます拡大し、増殖し、悪化しつつある「暴力ポルノ」の被害が、今回の理論社問題に象徴されるように、子どもにも及びつつある現状を多くの人々に知らせ、被害の拡大を防ぐ運動を展開します。
 また、女性に対する暴力と差別に根ざし、また暴力と差別を生みだす「暴力ポルノ」が商品として制作され、販売され続けている日本社会の現状に、そもそも問題があることを社会に訴え、そのような「暴力ポルノ」をつくらせない方途をさぐっていきたいと思います。

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