理論社問題に関する中間報告(全婦連)

 わたし達全国婦人保護施設等連絡協議会(全婦連)民営施設長会は昨年より上記署名運動に取り組んできました。
 大変遅くなりましたが、事の経過と理論社との交渉の結果、今後の方向についてご報告を申し上げ、ご協力への御礼に代えさせていただきたいと存じます。

1、経過

 全婦連民営施設長会では昨年より売春防止法の見直し作業に着手し東京・神奈川の施設長を中心にして作業班を結成しました。おりしもその会議に、理論社出版の「よりみちパン!セ」シリーズの一冊としてバクシーシ山下が執筆した青少年向きの性の“教養書”「ひとはみな、ハダカになる。」という本が持ち込まれました。
 作業班のメンバーは婦人保護施設の利用者の実態を通してポルノ産業、性風俗産業の状況がいかに悪辣であり、女性を食い物にしているかを熟知しており、また女性を陵辱する性暴力映像を売り物にしている監督としての著者の名も知っていましたから、“こんなもの”が青少年向けの図書としてごく一般の出版社から出版されたことに驚きました。
 性風俗産業が蔓延し、人間の性的欲望をかきたてればかきたてるほどその手の産業はもうかり結果女性の犠牲が強いられ、被害が増加する現状にかねてより危機感を抱いておりました。そして、児童書の出版社として高い評価を得ている出版社でさえこのような本の出版に参入してきた事実に驚き、婦人保護事業にたずさわっている者こそ抗議の声をあげなければならないと考えたのでした。
 合法的に出版されている本を、回収・絶版せよと要求することの意味は内部でも議論をし、また、運動を展開する中でも異論が多く寄せられました。
 問題点は表現の自由、出版の自由に抵触しないか、です。しかし、表現の自由、出版の自由は誰のための、何のための自由かという原点を考えた時、その自由を守るために誰か他の人の人権が侵害されても良いのかという問題に突き当たります。障害者差別や部落差別を考えた時、熾烈な闘いの歴史的経過があって、今や障害者や同和問題に関して無定見に差別用語を使うことは社会的に許容されていません。当事者の人権を侵害するからです。
 婦人保護施設の現場から見える性風俗産業の現状は、女性をモノとして扱い、侮蔑し、侮辱することによっていかに男への“快楽”を提供するかに徹しています。
 女性の人権を踏みにじって成立する事柄に表現の自由、出版の自由が当てはまるでしょうか。表現の自由対人権ではありません。表現の自由も、人権も、だと考えます。現在では障害者の障害特性を笑いものにして娯楽に仕立て上げることは容認されていません。
 とても残念ながら性をめぐる女性差別に関する批判的視点は、障害者差別や同和問題ほどには成熟していません。だから、性表現のあり方を女性の人権問題として訴えていかなければならないと考えます。また今回の問題の特異点は子どもを巻き込んで、子どもをターゲットにしていることにあります。
 さて、署名は当初の目標1万筆を達成いたしました。全婦連加盟の施設へ、児童養護施設へ、知的障害者施設へ、母子生活支援施設へと広げていきました。これらの施設からの署名が約4割、4300名になりました。この結果にはわたし達福祉にたずさわる者でさえ驚きを隠せません。この数値は、これらの施設には家庭や性風俗産業の中で理不尽な暴力的支配や性被害を受けて心身を病み、生活基盤を破壊されて日常生活を送ることが困難になった女性たちが集まってきていることを示しています。

 特に児童養護施設からの約千名の署名の意味は重いと考えます。児童養護施設には様々な虐待を受けた子どもたちがいます。物理的な暴力以外に、幼い時から家庭内外で強制的にポルノ視聴させられたり、ポルノ映像と同じ事を母に対して強要する様を見せつけれられて育つ子どもたちがいるという現実を良く知っている施設です。
 また知的障害者施設からの約1千名の署名の意味も重いものがあります。軽度に知的障害のある若い女性たちがかっこうの餌食になっている実態があるからです。
 

2、理論社との話し合い

 2008年12月17日午後2時より5時40分まで3時間40分にわたって話し合いを持ちました。5人の代表世話人に支援者2名を加えた7人で、約1万筆の署名の束と各種団体から寄せられたメッセージ集を持参して臨みました。理論社側は、小宮山民人取締役・編集部長、清水檀編集長(「よりみちパン!セ」シリーズ編集責任者)、伊藤正克第二営業課長の3名が出席しました。
 理論社はバクシーシ山下のアダルトビデオを視聴した上で、著者に選んだとの事です。「このシリーズはこれから大人になっていくために必要な知識、青少年が知っている必要な知識で、しかしなかなか学校や家庭では教えられないものを伝えるコンセプトだ。人生の中で出会っていくさまざまな問題について、悩んだり躓いたりする問題の一つとして性がある。性情報があふれているからこそこの問題を避けて通らず、青少年にメディアリテラシーをつけなければと企画した。良い企画と確信を持っている」と言っていました。
 理論社側の言い分は一般論として否定はしませんが、しかし、青少年に性の情報を伝えるのに、極めつけの性暴力映像を撮影し商品にしているAV監督に執筆依頼する理由、必然性がどうしても理解できませんでした。バクシーシ山下に執筆させたことにより結果的には女性への暴力を容認し、強化する大人社会のあり方を是認するメッセージを青少年に発してしまったことになると考えるのです。
話し合いは平行線をたどりました。この話し合いのテープ取りは拒否されましたが、詳細な再現記録があります。
 青少年が興味本位で性の情報に接する機会はあまたあります。だからこそ、理論社問題を機会に、どのような性情報を発信していけば、女性も男性もより豊かな性生活や性文化を享受できるか多くの人々と考えていきたいと思います。

3、今後の方向

 ポルノ問題、性風俗産業蔓延による女性や子どもの人権侵害の問題は、理論社という一出版社の問題を越えて広く社会一般に問題提起したいと考えます。
 そのために、まずは、東京の中野でシンポジュウム「ポルノ被害と子どもの人権:氾濫する性情報に晒される子どもたち」を開く予定です。アグネス・チャン氏に協力を呼びかけて、ユニセフ協会等の組織とも調整し、連携していきたいと準備中です。
 女性のための福祉施設の小さな団体から始まったこの問題を、より発展、継続させて、もっともっと多くの人に参加してもらうためには、どのような組織を新たに作ればいいのかもうしばらく検討の時間が必要です。
 今回のご報告のタイトルには“中間”ということばを使いましたが、今までの組織には区切りをつけ、あくまでも継続発展させていきたいという意味と願いを込めて“中間報告”といたしました。
署名を寄せてくださった1万人の皆さん全員にお返事を返すことはできません。
 皆さんの封筒の宛名を頼りにこの中間報告を発送いたします。どうかできるだけ多くの方々に私達の意をお伝えくださいますようお願い申し上げます。

  2009年08月03日 全国婦人保護施設等連絡協議会民営施設長会