ポルノの流通被害とは、ポルノの流通を通じて起こるさまざまな性被害のことです。これは制作被害と深く関係していますが、独自の被害を引き起こします。
制作被害物の流通
ポルノ被害は他の性暴力と違って、物的ないし電子的な形で記録が残り、その点にこの被害の最大の特徴があります。それゆえ、制作過程で起きた人権侵害は、その記録(制作被害物)が流通されることで追加的被害を発生させます。
制作被害とこの流通被害とを区別することは重要です。ポルノの制作過程で人権が侵害されるだけでなく、それが公けに頒布され流通することでさらなる権利侵害が生じるからです。
そして今日のような電子化とネット時代においては、その記録は電子媒体としてはきわめて簡単な操作で無限にコピーできるとともに、それを容易に世界中に頒布することができます。被害者は、自分が性的に虐待されている映像が永遠に他人の目に晒されつづけるのであって、場合によってはそれによって生じる被害は最初の制作被害をさえ上回るかもしれません。
性的記録や性的情報の不同意頒布
夫婦や恋人同士が、双方の同意の上で性的姿態や性行為を写真やビデオに撮ることがありますが、その一方が相手の承諾を得ることなしに一方的にネットに投稿したり、印刷して流布したりすることは、明確な流通被害の一つです。とくに、振られた側が腹いせにそうした行為をすることがしばしばあり、深刻な問題を引き起こしています。ネット社会化と携帯やスマホの大規模な普及はこのような被害を文字通り身近なものにしました。アメリカではこのようなリベンジポルノを専門に扱うサイトまで多くつくられ、甚大な被害をもたらしています。日本でも2013年の三鷹市のストーカー殺人事件では、このようなリベンジポルノが加害者によってストーカー行為の一環として流布されました。
また、今日のネット社会においては、当事者が意図的に頒布しなくても、ウィニーなどのファイル交換ソフトへのウイルス感染を通じて容易に性的な写真や映像が第三者の手に渡ることがあります。この第三者は、被害者の痛みなど何も気にせず、それを喜んで頒布し、揶揄し、物笑いの種にします。これによって、被害者が仕事をやめざるをえなくなったり、引越しを余儀なくされたりといった甚大な被害を受けています。
また、ごく若いころにヌード写真やアダルトビデオへの出演経験があったが、その後、それを隠して芸能界デビューしたり、あるいは普通の生活をしている場合に、第三者やマスコミによってその事実が一方的に暴露されたり、またその時の写真や映像が無断で公開されるという被害も存在します。さらに、「2ちゃんねる」などでは、AV出演者の本人特定や個人情報さらしなどが頻繁になされており、これも大きな被害をもたらしています。
ポルノを通じた名誉毀損
「ポルノを通じた名誉毀損」とは、特定の人物の顔写真や似顔絵を用いた性的なアイコラないし合成写真・合成映像が作成されてそれが頒布されること、あるいは、本人を特定しうるような名前ないし写真ないし似顔絵ないし経歴などが性的に侮蔑的な文脈で無断で使用され、それが頒布されることによって生じる性被害のことです。この被害は、ネットの普及と画像合成技術の発達とともに爆発的に広がりました。とくに芸能人がそのターゲットになる場合、「アイコラ」(アイドル・コラージュ)という略称とともに、ポルノの一つの有力なジャンルにさえなっています。
このようなアイコラ被害だけでなく、特定の個人名やプロフィールなどがポルノ的に利用されることで生じる被害も存在します。振られた腹いせに嫌がらせとして個人的にそうした行為がなされることは以前からありましたが、商業ポルノによってもそうした被害は頻発しています。
たとえば有名芸能人の名前とほとんど同じ芸名をもったAV女優の作品がつくられていますし、社会的に注目を浴びた名称や愛称はたいていの場合、すぐにポルノの題名に使われています。実際に合成写真を不特定多数に流布させなくても、その合成写真を使って被害者を脅迫するという事件は頻繁に起きています。
また、有名人や性犯罪の被害者(あるいはその家族)、その他何らかの形でマスコミに取り上げられた女性(あるいは男性)が、その性的な過去や性的な噂をマスコミやネットで一方的に流されるという被害も存在します。
さらに、ツィッターのような媒体では、実在の女性名を装って成りすましのアカウントを作成し、そのアカウントで性的かつ下品な発言をツィートしたり、ポルノ画像をアップするというような被害も多数発生しています。これらは、被害者のポルノ化、あるいはより一般的に女性のポルノ化という性暴力です。