森美術館の回答について
私たちは、森美術館で現在開催されている「会田誠展~天才でごめんなさい」における「犬」シリーズをはじめとするいくつかの作品について、その性暴力性と差別性を問う抗議文を2013年1月25日付で森美術館館長である南條史生氏宛てに出し、それに対する南條氏による回答(以下、「回答」と略記)が2013年2月5日付で私たちに送付されました。しかしこの回答は、私たちの会が出した抗議文の諸論点に何一つ答えていないものです。
私たちの抗議文はまず第一に、森美術館に展示されている「犬」シリーズをはじめとする一連の作品が、絵画による残虐な児童ポルノであることを指摘していますが、回答は、それらが児童ポルノであるのかどうかについて何も答えていません。
私たちの抗議文に対するネットなどでの批判の中では、日本の児童ポルノ禁止法が非実写の児童ポルノを処罰の対象にしていないことをもって、そもそも絵画による児童ポルノが児童ポルノではないと断言しているものがありますが、これは日本の法律による処罰の対象に当たるかどうかということと、それらがそもそも児童ポルノに当たるのかどうかということとを根本的に混同した謬論です。「ポルノ」という言葉の通常の使い方からしても、実写のみをポルノとみなすことができないのは明白です。私たちは抗議文において、日本の児童ポルノ禁止法における処罰対象ではないことを認めつつも、それらの作品が残虐な児童ポルノであることを指摘しました。そして、このようなものを無批判に、そして「天才」と絶賛して広く宣伝・公開することの問題を指摘しています。この点について回答は何も答えていません。
私たちの抗議文は第二に、「犬」シリーズをはじめとする一連の作品が、「女性を最も露骨かつ暴力的な形で性的に従属させ、人間以下の性的玩弄物、性的動物として扱うもの」であり、「描写を通じた性暴力の一形態であるとともに、すべての女性の尊厳を著しく傷つける下劣な性差別行為」であると指摘していますが、この点についても回答は何も答えていません。
回答は、「我々の生きる現代社会の諸問題を実験的・批判的・挑発的に取り上げる」ことが現代美術であると述べ、「新しい視点をできるだけ広く紹介する」ことが森美術館のつとめだとしています。さらに、会田の作品についても、「常識にとらわれない独自の視点を開示し」、「諧謔(かいぎゃく)と洞察に満ち」ていると述べています。しかし、会田の「犬」シリーズをはじめとする諸作品は、「現代社会の諸問題」を何ら「批判的」に取り上げておらず、女性が歴史的にもそして今日においても置かれつづけている従属的地位を肯定し、いっそう強化するものでしかありません。それらの作品は、無数に制作され続けている暴力AVや鬼畜系のポルノ漫画などにおける性暴力描写と本質的に何ら変わらないものであり、そこには「新しい視点」も、「常識にとらわれない独自の視点」も、「諧謔と洞察」も皆無です。四肢切断されて全裸で犬扱いされても微笑む少女や、食べ物扱いされて焼かれたりスライスされたりする少女という形象それ自体も、同人誌のたぐいにはよく見られる描写です。
私たちの抗議文は第三に、これらの作品が障がい者に対する「差別と侮蔑の行為」でもあることを指摘していますが、この点についても回答は完全に沈黙しています。
私たちの抗議文は第四に、このような性暴力的・差別的諸作品を、貴美術館のような、有名で公共性の高い美術館で堂々と展示し、宣伝し、多数の入場者に公開していることについての社会的責任を問いましたが、この点についても回答は沈黙しています。回答は、今回のような性差別的・性暴力的諸作品を「評価の定まらない多様な視点」であるとか、「美術を通して表現される様々な考え方」一般に還元した上で、そうしたものを「発表する場」であるのが美術館であるという一般論に終始しています。このような一般論に誰が異論を唱えたでしょうか? 私たちが問題にしているのは「多様な視点」一般でも、「様々な考え方」一般でもなく、深刻な差別と性暴力が満ちているこの現代社会において、そのような差別と性暴力を肯定し推進する作品を、森美術館のような、公共性の高い美術館で無批判かつ賛美的に宣伝し公開することの社会的責任です。この問題について回答は何も答えていません。
私たちの抗議文は最後に第五として、以上の本質的な問題に追加して、現行法にも抵触するような展示物ないし展示の仕方があるのではないかと指摘しましたが、これについても回答は何も答えていません。なお、私たちの抗議文には、「キングギドラの頭部が女性の局部に挿入されている作品」が18禁部屋ではない部屋に展示されているとする記述がありましたが、これは不正確な認識であり、お詫びして撤回します。しかしながら、この作品以外にも、女性ないし少女を従属的かつ暴力的に扱うものがいくつも全年齢対象の部屋で展示されていますし、「犬」シリーズをはじめとする性暴力作品も掲載した作画集『会田誠作品集 天才でごめんなさい』は、貴美術館において、とくに18禁コーナーとして分離されることもなく、入場者に販売されています。
最後に回答は次のように述べています。
「本展に関しても、多くの異なった意見を持つ方々が議論を交わすことが重要であると思われます。また日本の良さは、そのような個々人の多様な意見を自由に表現・発表できる社会となっていることではないでしょうか。森美術館は、今後も様々な現代美術の作品を、広く社会に紹介し、議論と対話の基盤となる役割を果たしていきたいと考えています」。
まさに私たちは、貴美術館が「重要である」と認めている「異なった意見」を表明したにもかかわらず、今回の回答はそうした「異なった意見」に何ら答えていません。これでは、貴美術館は「議論と対話の基盤となる役割」を何ら果たしていないことになります。性差別的・性暴力的諸作品を無批判に展示しておいて、あとは他の人たちが勝手に議論してください、というのはあまりにも無責任ではないでしょうか?
しかも、私たちは、抗議文において貴美術館との話し合いの場を求めましたが、このことについても回答は何も言及していません。「議論と対話の基盤となる役割」を果たしたいというのであれば、積極的に話し合いに応じるべきではないでしょうか? また、私たちの抗議文が提起した諸問題に対して何ら実質的な回答を得ていない以上、私たちとしては話し合いの場において貴美術館の率直な考えをお聞きしたいと考えます。つきましては、遅くとも2月中には話し合いの場を設定していただけるよう、お願い申し上げます。
ポルノ被害と性暴力を考える会(PAPS)世話人
横田千代子(婦人保護施設施設長)
森田成也(駒澤大学非常勤講師)
宮本節子(フリーソーシャルワーカー)
湯澤直美(立教大学教員)