しかし、被害防止のためには、性教育や啓発だけでなく、ポルノ被害に具体的に対応した法律も必要です。
既存の法体系では、児童ポルノ禁止法を除けば、ポルノに対する法的規制は、刑法のわいせつ物頒布罪しか存在しません。地方自治体の条例レベルでは、青少年健全育成条例のゾーニングや、迷惑防止条例における性的盗撮の禁止などがありますが、きわめて部分的なものです。
アメリカでは1980年代に、具体的なポルノ被害に焦点を当てた「反ポルノ公民権条例」を制定する運動が起こりました。日本でもこのような法律が必要です。
アメリカの反ポルノ公民権条例
アメリカの法学者キャサリン・マッキノンと作家のアンドレア・ドウォーキンは、ポルノが現実の被害を生み出す「不平等の実践」であるという認識にもとづいて、わいせつ物規制とは根本的に異なる反ポルノ公民権法を地方自治体レベルの条例という形で共同立案しました。
この条例は、わいせつ物規制のような刑事法ではなく、被害者自身がイニシアチブを取れる民事法として構成されています。それは、強制出演、ポルノの押しつけ、ポルノに起因する性暴力、ポルノを通じた名誉毀損、取引行為という5つの「訴訟原因」を特定し、そうした被害をもたらすポルノの差し止め請求と加害者に対する損害賠償を求めて民事訴訟を起こせる仕組みを作りました。
この条例はいくつかの地方自治体で採択されましたが、ポルノ業者を中心とする業界団体によって違憲訴訟を起こされ、最終的に連邦最高裁で違憲無効とされ、施行されるにはいたっていません。しかしながら、マッキノンらが法制定過程で、ポルノ被害について詳細に明らかにし、被害の掘り起こしを行ない、これまで沈黙させられてきた多くの被害者の声と被害実態を公けにしたことは、不朽の功績となっています。私たちもまたその成果に立脚しています。
ポルノ被害防止法の制定に向けて
私たちは、マッキノンらの条例案に学びつつも、日本独自の状況を踏まえた独自の法を構想する必要があると考えています。私たちはそれをとりあえず「ポルノ被害防止法」と呼んでいます。この名称は、問題となっているのが、わいせつでも、表現の自由でもなく、ポルノを通じて実際に生じている具体的な性被害であることを、はっきりと表現しています。
この法は、より包括的な「性暴力禁止法」の一部として制定することもできますし、単独の法として制定することもできます。あるいは、「盗撮防止法」のような形で、特定のポルノ被害に対処する法律として部分的に制定することも可能です。
いずれの方式がより現実的で実効的であるかは、その時々の状況によるでしょう。重要なことは、ポルノを行政的・警察的に禁圧することではなく(刑法のわいせつ物頒布罪はそうした性格を持っています)、具体的なポルノ被害に焦点を当てた人権的立法が必要だということです。
この法律は民事と刑事の両方にまたがるものになるでしょう。悪質なポルノ被害の加害者を処罰することと(刑事法的)、被害者の救済と権利の回復(民事法的)の両方がポルノ被害の防止には必要だからです。
たとえば、韓国ではすでに、制作被害の一部(強制撮影)が処罰の対象とされています。2004年に制定された韓国の「性売買周旋等処罰法」の第18条は、「偽計又は威力を用いて性交行為等の淫らな内容を表現する映像等を撮影した者」に対して10年以下の懲役ないし1億円以下の罰金を課しています。この日本でも2014年にリベンジポルノ防止法(私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律)が成立しました。このように個別的なポルノ被害に特化した法律の制定は実際に実現されていますし、このような法が表現の自由に反すると非難されることはありませんでした。
規制の対象となるポルノに関しても、「わいせつ」かどうかではなく、それが人権を侵害しているかどうかという観点から判断されるべきです。盗撮や暴力や脅迫などの制作被害を通じて作られたもの、内容がとくに虐待的で出演者の尊厳や安全や衛生を脅かすもの、とくに悪質な性差別的・性暴力的メッセージを発しているもの、などがまずは規制の対象とされるべきです。
このように規制の対象を人権的視点から限定することで、規制対象が無制限に広がるのではという懸念を払拭することもできるでしょう。